let’s go

 嘉吉はまだ三十をちょっと越したばかりの若い男だった。親父が死んだので、東京の或る私立大学を止めて、この村へ帰って来た。
 別段にする事もなく、老人を集めては、一日、碁を打っていた。余っ程閑暇の時は、東京で病みついたトルストイの本を読んでいた。それから時々は、ぶらぶらと、近くにある世古の滝の霊場に浸かり旁々山や畠を見まわった。
 嘉吉は人が好くて、大まかで、いつもにこにことしていた。小作人が、時折、畠の山葵をとって、沼津あたりからやって来る行商人に、そっと売ったりしても、めったに怒ったりすることはなかった。だから、しまりやの先代よりはずっと下の気受けがよく、雇人達は皆んなよく働いた。その度に何かと賞めてやるので、皆んなどうかして、この主人に対して忠僕となろうと心掛けていた。
 ただ、久助だけは、ちっとばかり、度が過ぎやしめえか、と心配していた。久助はもう五十に手がとどく、先代からの雇人だった。

 町の外れに橋があった。橋の向うはいつでも霧がかかっていた。女はその橋の袂へ来ると、きまって、さよなら、と言った。そうして振り返りもせずに、さっさと橋を渡って帰って行った。彼はぼんやりと橋の袂の街灯に凭りかかって、靄の中に消えて行く女の後姿を見送っている。女が口吟んで行く「マズルカ」の曲に耳を傾けている。それからくるりと踵を返して、あの曲りくねった露路の中を野犬のようにしょんぼりと帰ってくるのだった。
 炭火のない暗い小部屋の中で、シャツをひっぱりながら、あの橋の向うの彼女を知ることが、最近の彼の憧憬になっていた。だけど、女が来いと言わないのに、彼がひとりで橋を渡って行くことは、彼にとって、負けた気がしてできなかった。女はいつも定った時間に、蜜柑の後ろで彼を待っていた。女はシイカと言っていた。それ以外の名も、またどう書くのかさえも、彼は知らなかった。どうして彼女と識り合ったのかさえ、もう彼には実感がなかった。

 大正十年の七月、或日の午後、僕は山田珠樹と並んでスイス、ベルンの街をぶらぶら歩いていた。スイスに来て時計を買うのも少々月並すぎる話だが、モン・ブランやユングフラウに登って涼むのも、時計屋をひやかすのも、大した変りはないと思ったので、二人は互に第一流の時計屋らしいのを物色して、何か変った時計があったら――ふところと相談しておみやげに買って帰るつもりであった。
 とあるショー・ウインドーの前に来ると、二人は申合せたように足を停めた。大小の時計が硝子窓の向側に手際よく列べられている中に、唯一つ嬰児の拳ほどの、銀製の髑髏が僕等に向って硝子越しに嗤っていた。